「塚本俊樹」を編集中
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[[日本選手権]]や[[The Finals]]で幾度となく優勝し、当時の日本最強[[プレイヤー]]であると同時に有名プレイヤーの先駆けと言えるだろう。その数々の戦績から「'''[[チャンプ]]'''」「'''チャンプ・トシキ'''」と呼ばれた。海外勢からは畏敬を込めて「'''ジャパニーズ・レジェンド'''」とも呼ばれる。 | [[日本選手権]]や[[The Finals]]で幾度となく優勝し、当時の日本最強[[プレイヤー]]であると同時に有名プレイヤーの先駆けと言えるだろう。その数々の戦績から「'''[[チャンプ]]'''」「'''チャンプ・トシキ'''」と呼ばれた。海外勢からは畏敬を込めて「'''ジャパニーズ・レジェンド'''」とも呼ばれる。 | ||
− | [[ | + | [[プレイ]]スタイルの特徴は[[長考]]と沈黙。[[香港型黒ウィニー|墓石ウィニー]]との戦いで実に各デュエル1時間、計3時間(決勝全体で9時間)を考え抜き、勝利一歩手前まで行った。絶望的な相性差をここまで互角に戦ったのは流石である。ちなみに野試合でもとても長考するので、賑やかなプレイヤーには揶揄されたりしていたそうだ。 |
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*現在の[[マジック違反処置指針]]の基準では[[遅延行為]]と判断されかねない程である。 | *現在の[[マジック違反処置指針]]の基準では[[遅延行為]]と判断されかねない程である。 | ||
− | * | + | *不利なマッチアップでも序盤から長考を繰り返すおかげで、あと少しで引き分けになるところを1勝1分け(時間切れ)で勝つ事が少なくない。 |
− | * | + | *また、「(プロツアーへ)参加する場合、こちらもプロフェッショナルに徹する必要があるだろう。」と述べている([[ドミニアへの招待]] P64~65 「アトランタ・プロツアー体験記」より)。これには[[ルール]]を守ること以外に、ルールで問題ないとされる行為(精神的揺さぶりなど)を使うことを推奨している(前述の同記事にて、[[Mark Justice]]にされた行為について、「まさに相手を精神的に叩き潰す大技!」と絶賛している)。 |
− | + | **そのため、対戦相手にとっては「どんな手段を使っても勝つ」ように見える事も少なくなく、良い印象を持たないこともある。 | |
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− | [[RPGマガジン]](後の[[ゲームぎゃざ]] | + | [[RPGマガジン]](後の[[ゲームぎゃざ]])の「マジックの鉄人」においては力の鉄人とされ、後に名誉鉄人に。[[マジック]](というかTCG)の知名度がまだ無かった時代に、ゲームの紹介という事でテレビの情報番組に出演した事もある。 |
また自らカード・ショップ「オフビート」を経営していたが、現在では閉店している。 | また自らカード・ショップ「オフビート」を経営していたが、現在では閉店している。 | ||
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*1996年日本代表決定戦(現在の日本選手権)5回戦、「大魔神」[[船越長伸]]との1戦では、常識を超える引きを連発し、絶望的な状況から逆転勝利。そのまま勝ち進み初代日本王者に輝いた。その時の「スーパーサイヤ人のような引きだった」という発言は、今でもベテランプレイヤーの中で歴史に残る名言として語り継がれている。 | *1996年日本代表決定戦(現在の日本選手権)5回戦、「大魔神」[[船越長伸]]との1戦では、常識を超える引きを連発し、絶望的な状況から逆転勝利。そのまま勝ち進み初代日本王者に輝いた。その時の「スーパーサイヤ人のような引きだった」という発言は、今でもベテランプレイヤーの中で歴史に残る名言として語り継がれている。 | ||
− | * | + | *かつてはBattle Techの日本チャンピオンでもあった。[[世界選手権97]]の会場にも稼台があったため、チャンピオンの腕前をみせてくれとみんなからせがまれていた。 |
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==主な戦績== | ==主な戦績== |